Researches

研究概要


吉村浩明教授の専門分野は応用数学,数理物理学である.これまでの主要な研究テーマは,ディラック多様体上の力学系理論に関する研究であり,とくに,ディラック力学系とその変分構造,リー・ディラック簡約,ディラック余接束簡約や非ホロノミック系への応用などの研究で国際的に高い評価を受けている.最近の研究は,非平衡熱力学の幾何学,構造保存型モデリングと変分的積分法,流体のカオス的混合とラグランジュ・コヒーレント構造,混相流の安定性と衝撃波伝播機構の解明,多体系の軌道設計など多岐に渡っている.

主要な研究テーマ


(i) ディラック多様体上の力学系

非ホロノミック拘束を受ける力学系や退化したラグランジュ系など,拘束力学系は,シンプレクティック構造やポアソン構造を一般化した,ディラック構造と呼ばれる幾何構造のもとでその力学が生起する.本研究では,ディラック多様体上のラグランジュ系,ハミルトン系などの幾何学及び変分構造の解明を行っている.主として,マルチボディシステム,水分子,粘性流体などの連続体への応用を研究している.本研究の一部については,これまでに,カリフォルニア工科大学,パリ高等師範学校(ENS),ゲント大学,スイス連 邦工科大学ローザンヌ校,上海交通大学など研究機関との共同研究を実施してきている.
 

(ii) 構造保存型モデリングと離散変分的定式化

惑星の運動や分子運動などのような保存系の数値解析には,シンプレクティック積分法などエネルギー保存性の良い数値計算が不可欠である.シンプレクティック積分法はシ ンプレクティック構造を保存する計算法であるが,ラグランジアンが与えられた時に,組織的にシンプレクティック構造を保存する離散変分的積分法がよく知られている.しかし,非ホロノミック系ではシンプレクティック構造は保存せず,新たな構造保存計算法が必要となる.本研究では,離散ディラック系に基づく新たな構造保存型モデリングと離散変分 的定式化の枠組みを研究している.本研究の一部は,慶應義塾大学と共同研究をおこなっている.
 

(iii) 非平衡熱力学の幾何学的理論と応用

ハミルトンの原理に基づくラグランジュ系の拡張として,非平衡熱力学系の変分的定式化の研究を行っている.拡張された熱力学的配位空間上でエントロピーバランスから導かれる非線形かつ非ホロノミック拘束を考え,それに付随する変分拘束とともに,一般化されたラグランジュ・ダランベール原理によって,非平衡熱力学系の発展方程式が定式化できることを示している.最近は,外界との間で物質及び熱移動のある,いわゆ る開放系の非平衡熱力学系の理論を構築している.また,その離散変分法及びディラック構造による幾何学的構造の解明を行っている.本研究は,パリ高等師範学校(ENS)と共同研究を行っている.

卒修博論研究として行っているテーマ


現在,卒修博論の研究指導で実施している主な研究テーマは以下の通りである.学生の希望に沿って,これらの中から関連する課題を見出して卒修論の研究テーマとしている.また,ここには紙面の都合で詳細を述べてない研究テーマもある.
 

(i)レイリー・ベナール対流におけるカオス的混合とラグランジュ・コヒーレント構造

「対流」と呼ばれる物理現象は,流体の温度差によって密度や表面張力に差が発生し,重力(浮力)差によって生じる流動現象であり,海流や大気循環といった地球規模の現象における主要な要因となっている.本研究室では,レイリー・ベナール対流と呼ばれる,薄い層状の流体の上下面に僅かな温度差を与えた際に生ずるセル(細胞)状の対流について,僅かな摂動を加えた際に発生する複雑な流動現象について研究を行っている.特に,オイラー的に見た時は速度場に僅かな揺らぎがあるようにしか見えないのに対して,ラグランジュ的な視点では,カオス的混合と呼ばれる複雑な流体輸送現象が観察できる.本研究室では,これまでに定常レイリー・ベナール対流に対して,定常セルに付随した流線をハミルトニアンとして,速度場に摂動のある近可積分系としてモデル化し,その輸送機構をラグランジュ・コヒーレント構造によって明らかにした.その上で,さらにポアンカレ写像を調査し,KAM トーラスからなる安定領域とカオスの海からなる不安定領域が⻑時間積分で得られたラグランジュ・コヒーレント構造と呼ばれる系の不変構造のトポロジーと一致することを明らかにした.現在は,2 次元レイリ ー・ベナール対流の実験装置を開発し,それを用いて,PIV による流れの可視化を行って速度場を観察するとともに,ラグランジュ・コヒーレント構造の同定を行っている.
 

 

(ii) 混相流の非定常挙動と衝撃波伝播機構の解明

キャビテーションは,非常に高速で流れる液体が局所的に飽和蒸気圧以下になった際に,短時間に多数の気泡が発生・消滅して起こる,気液2相からなる混相流体の非定常 現象として古くから知られており,乱流と並んで流体における未解明現象の一つである.とくに,ポンプやスクリューのような流体機械のプロペラに流体が衝突した際に発生し,騒音や機械の破損,壊食を引き起こすという問題がある.HII ロケット8号機の打ち上げ失敗は,液体水素ターボポンプ入口のインデューサでキャビテーションが発生し,羽根車が破損してエンジンが停止したことが原因であることも良く知られてい る.一方,最近は,医療用のジェットメスや環境浄化などへの応用も注目されている.本研究室では,医療用のジェットメスとして利用されている,レーザーによってアブレートされた水をノズルの先
端から高速で静止流体中に噴射した際に発生する,クラウドキャビテーションについて実験を行い,高速ビデオカメラ(最高撮影速度130 万[FPS])を用いてシュリーレン法およびシャドウグラフ法による同時撮影によって気泡クラ ウドの非定常挙動と圧壊に伴う衝撃波伝播の観察を行うと同時に,数値流体力学による数値解析の両面から調査を行っている.
 

(iii) 分子動力学によるキャビテーション素過程の解明

キャビテーションは,混相流体としてナビエ・ストークス方程式によってマクロな視点でモデル化される.一方,キャビテーションの初生における素過程の解明には,分子レベルでのミクロ(微視的)な視点からの研究が不可欠である.そこで,本研究では,相互間力がレナード・ジョーンズポテンシャルから与えられる単原子モデルを用いて,相変化の過程を数値実験によって再現し,気泡核生成のメカニズムの解明を目指している.特に,ソフトコアポテンシャルを有する
不凝縮ガスが混入している場合とそうでない場合の違いなどについて数値実験を行っている.これにより,従来のマクロモデルでは十分に理解されていないキャビテーシ ョン初生の素過程の解明に迫っている.
 

(iv) 多体系のダイナミクスと軌道設計

  • マルチボディダイナミクスのモデリングと数値解析
    産業用ロボットや車両,柔軟アンテナを有する人工衛星のダイナミクスや姿勢制御,宇宙ロボットや魚の運動などに関連して,多数のボディが接続して構成される,いわゆるマルチボディダイナミクス(MBD) のモデリングには,システムの接続構造に注目したモデリング手法が不可欠である.本研究室では,80 年代末からInterconnected Systemとしてのマルチボディシステムのモデリングと大規模スパースタブロー法による数値解析に関する研究を実施してきた.最近では,ゲージ理論やディラック構造による幾何的なアプローチや,それに基づく構造保存型のモデリング手法,さらには離散変分法による数値解法に主な興味をもって研究に取り組んでいる.
  • 制限3体問題による宇宙機の軌道設計
    小惑星探査機「はやぶさ」に代表される深宇宙探査のための小型宇宙機では,低エネルギーでの宇宙航行が必要不可欠である.本研究室では,カリフォルニア工科大学のJerrold E. Marsden 教授のグループがジェット推進研究所の研究者との共同研究によって,平面円制限3体問題の応用として開発した「チューブダイナミクス」と呼ばれる手法を改良し,平面円制限4体系を摂動のある平面円制限3体系とみなして,系の不変構造であるチューブをFTLE場のリッジであるラグランジュ・コヒーレント構造として取り出すことで円制限4体系を厳密な意味での摂動のある平面円制限3体系の繋ぎ合わせとしてモデル化することに成功した.その上で,地球・月・太陽・宇宙機系の4体系を改良チューブダイナミクスのもとで,宇宙機を地球近傍の低軌道から出発して月の低軌道に到着する軌道設計を行い,最適軌道の探索手法を確立した.現在,この理論を空間4体系へ拡張することを試みている.この研究の一部は,米国バージニア工科大学の Shane Ross教授との共同研究として実施している.
  • 非ホロノミック系の非線形制御と軌道生成
    移動型ロボット,2輪車や自動車などのビーイクルは,AI を活用した自動運転による未来の移動手段としてだけでなく,災害救助,原子炉での操作や惑星探査などでも,今後,益々の発展・利用が期待されている機械である.このような機械システムは,配位空間上の積分不能な拘束ディストリビューションによって定義される,いわゆる非ホロノミックな力学系である.本研究室では,2輪の移動型ロボットについて,人工ポテンシャル法やエネルギーシェイピング法などの系の受動性を利用した非線形制御による姿勢の安定化と非ホロノミックな軌道制御に関する研究を実施している.